タイトルロゴ
<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
CATEGORIES
ARCHIVES
           
 
同志の告別式にいってきました

昨日は、我が社の社員の告別式にいってきた。長いこと一緒になってやってきた同い年の

同志の一人です。悲しい。

私が会社を立ち上げ、株主さんの食品工場を受託を受けた時からのお付き合いで、その後

食品会社から私どもの会社に転籍してくれて活躍されてきたので、ほぼ20年のお付き合い

になる。

高校を卒業し、大学には受かったがいかず、調理人になるといって、ビール会社系の外食

産業にはいって活躍された、何よりもその時できた組合の委員なども務められ大いに、

社員の代表として待遇改善に努力をされたという。

その後、職場の仲間二人とともに三人で杉田で起業。彼がお金の大半をだした、ピカピカの

食堂は繁盛し、日だて15万円から20万円も売り上げたという。しかし、経営者が三人も

いる店は意見の相違も出てきてうまくいかなくなる。苦闘の末に撤退を余儀なくされる。

負債も彼が全部を背負い、買ったマンションを売り払い清算して新たなスタートなった。

その後だった、株主さんの食品工場に勤めはじめ、私と出会ったのだった。悔しかった

だろうが悔しさを外に出すことは微塵もなかった。

人柄は、誠実、しっかりと自分の考えを持ち、はっきり言ってくれるのでわかりやすい。

勉強家でよく本を読んでいた、その当時は歴史の本をよく読んでおられ、飲み会の席で、

よく議論したものだった。その後開発に携わり、やはり自分は現場がいいということで、

最後まで現場に立ち続けた。

歴史に、もしはないが、もし、友人とやった店を彼が一人の代表で、他の二人を従業員として

やっていたら、今でも店の大旦那としてやっていることだろう。しかし、それをやらずに、

あえて仲間もたてて一緒にやった、そこが彼の根っこのところで、組合活動などにも通じる、

彼の一番とんがった素晴らしいところだと思う。傍から見ると、何でそんなことを……と

思うかもしれないが、彼なりの人生観があふれる、彼なりの素晴らしい一生だったと思う。

追悼、中村典正さん。

- | 06:41 | comments(0) | -
スポンサーサイト
- | 06:41 | - | -
コメント
コメントする