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日本歌謡のルーツ、ハワイアンを聞いてきました

昨日は、母の入っている有料老人ホームの懇談会があり、行ってきました。3か月に一回ほど

開かれるのでしょうか、新しい利用者が入ってこられるので、ご家族には新鮮でしょうが、

私の母は一番の古株になっていますので、いつもの風景です。
いつも問題になるのは、介護職員の入れ替わりの多さ…背景に介護職員の採用難、と食事の

問題。いつもはうまいまずい、薄いしょっぱいなどだが、昨日は選択食のことがちょっとでたくらい

で、いつも三食用意してくれてありがたいという意見があり、聞いている私もホッとしました。

老人ホームは世田谷の深沢に有り、世田谷は有料老人ホームの激戦区、それに加えて病院や

介護施設紹介所などから利用者の紹介を受けるそうだが、今は入居一時金や月々の家賃も低い

ところに流れてしまう、と言っておられました。それはそうだ、親父さん達の時代は別にして

とても住めるような金額ではないですね。

施設の損益も出ているが、管理費の中の食費・厨房管理費というのがのっていて、私たちの

ご同業がどれくらいの価格で受託をされているのかわかる。私どものやっている介護・福祉

施設と違い利用者から頂いている金額も多いのだと思いますが、私たちの受託金額より、150%

ほど高い金額で受けておられる。ショックですね。やっていることは同じ、もっと自信をもって

やっていっていいのだと心を強くしました。

 

 

深沢を歩いていたら、朝顔?が満開。施設の文化祭ではないですが母の書いた絵もありました。

 

午後から、私の友人(友人といってもプロです、よくいった店のオーナーです)がワンマンショー

をやるというので、見に行きました。もともとジャンルは問わず、やっていたお店では何でもリク

エストに応じてくれる店でした。もともとはハワイアンの出身でやるお店もハワイならず

ワイハというお店で、あまりなじみのないハワイアンを聞くつもりで心していきました。

中身は、ハワイアン半分に、後はスタンダードにカントリーにジャズにロックに歌謡曲にあらゆる

曲のリクエストに応じてくれて、何とも楽しいことでした。

1960年代・70年代のロカビリーが始まる前は、皆ハワイアンだったのですね。そこからポップス、

グループサウンズ、などに分かれていったのですね。ラブユー東京なども余興でやっておられましたが、

ムード歌謡などの人たちも皆ハワイアン出身だったそうです。

いやはや、ほんのちょっとの休みを入れて4時間、お客さんもプロやプロまがいの人もいて、

ステージに立ちにぎやかです、同席した方も、ウクレレの使い手で、昔はレコーディングなどで

活躍されていたそうです。音楽はいいなぁ。

 

 市川克己さんを囲んで、飛び入りの

プロ、元プロの方々も飛び入りでハワイアンを。大橋節夫とハニーアイランダーズの名曲の数々が…。

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